の先をにじりつけた。心に受けた衝動や否定的な不安やらが、いかにも表情的にその無言の動作のうちに語られている。慎一の心には切実にそれが触れた。志保田の親父は大正九年の暴落のとき米問屋の家を潰してしまっているのであった。
 この前のヨーロッパ大戦の時代と現在とでは世界の事情が全くちがって来ている事実を、いくらか専門の立場で云う慎一の言葉を、飯島は腕組みして、懐疑的な表情を露骨にあらわしてきいていたが、
「そりゃ小柳は昔から学究さ」
 不機嫌な調子で反駁した。
「けれども、例えば統計なんてものにしろ、いつだって現実を数歩おくれてついて来ているんだ。しかも昨今、統計というに足るものが果してあるかね。商売人はどんなことをしたって儲けようとしているんだからね。しかも儲け口たるや、本に書いてないところにしかありっこない。これは公理だよ」
 戸田はどこまでも傍観的な態度で、
「先ず函館じゅうよく調べて、湿《し》っけない倉庫を手に入れることだね。三年経ってさていよいよという段になってみたら、折角その白くて綺麗だった貝柱が、青かびだらけというのじゃ、ぶちこわしだからね」
 白くて綺麗というところを、何とな
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