混同した我等の不安、混迷になってしまうのである。
人は、忽ちその一事実の上に絶対価値批判を組立てようとする。或る概論の実証とし、また反証としようとする。
平常、自己の結婚生活、恋愛生活に矜持ある希望、信念を持ち得ないでいた者は、わっといってその周囲に馳け集る。おのおの手には帳面を持ち、その行為がよい[#「よい」に傍点]と批評されれば、人生に於けるあらゆる斯の如き種類の行動の下に、よし、と書き込み、悪いと云われればまた、同じ総体を、一言の下に、恐るべき悪行と断定する。人生の、あらゆる行為の価値は、明に個々の行為者に属しているもので、或る善の定義《デフィニション》は、彼も此も人類の一員であるという点で共通ではあっても、その運用価値は、全く各個人によってすっかり違って来ることなどは、まるで忘却されたように見えるのである。
深い、深い自己の意識、自分の来た処、これから行こうとする処、それ等を、不滅な人類の生存感にまで引あげて我々が人生を全き我が眼[#「我が眼」に傍点]で眺めた時、果して世の中はこれほど塵《ほこり》っぽく騒々しくあらねばならないものだろうか。
極言すれば、理想を高唱するも
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