愛観、性道徳の不安に脅かされているのである。
ここに我々の深く考えなければならないことがあると思う。
人間は、自己の運命を決する時、決して一時間の時を要しない。総ては瞬間にかかっている。準備、そこに到る力を蓄積するには、勿論五年なり十年なりの歳月が要されるだろう。然し、或る運命的な一瞬間と結びついて、始めてそこに決意と決行とが行われて来る。
裡に絶え間ない不安、焦燥、生活の革新を抱いている者は、或る時は終に爆発する。それが、その時の周囲の状況、社会輿論の暗示によって、種々異った形式を採るのは争われない事実なのである。
故に、我々は、その重大な一点に、絶えず聰明な、透徹した眼を据えなければなるまい。
或る女性が、彼女の十年来共棲して来た良人を棄てて、新たに甦った人生を送るために愛人の許に馳った。斯様な一事実に面した時、我々は、彼女が、自己の人[#「人」に傍点]としての運命、性格、力量を、どこまで深く沈思したか。無意識の裡に外界から暗示され、刺戟されて来たあらゆる理智概念、社会的風潮に対して、如何程の真実と純粋さとを以て自己という人格の、犯すべからざる途をつけたか。ということなど
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