ってゆくまともな迫力。これは、私たちを感動させ考えさせる。芸術の民族性と世界性について沈思させる。正しく調整された民族自主の国々が自由にゆき来し、いろいろな作家が、いろいろの鏡、いろいろの角度で、内と外からそれぞれの国の生活を互に映し、互に表現し合い芸術化してゆく愉しさこそは、この地球に生れ合わしたそれぞれの時代の人間の真の歓喜と富貴であると思う。
アンデルセンの童話を、所謂童話と思ってよむ人はない。葉紹鈞の「稲草人《かかし》」「古代英雄の石像」を童話として紹介すれば、人々は、中国の誠実な一つの心情がその中に流している暗涙の重みにおどろくだろう。
ガルシンの「赤い花」は昔のロシアの苦しい、つきつめた正直なこころの破局的な象徴として、文学史の上に、今日一つのゆるがない場所をしめている。「稲草人」「古代英雄の石像」などが、中国文学史の上で中国の悲傷、誠意、人民の惨苦への愛と民衆創造の希望を象徴した作品として、高く評価され記念さるべき時が近づきつつある。
昼間はもちろんのこと、夜じゅう田圃に立って、天の星や月の美しさ、露の味を知りつくしているのは身動きもしないで、ゆるやかに手の団扇を
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