春桃
宮本百合子

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)春桃《チュンタオ》

|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)偶然|遁《に》げのびて来た

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号)
(例)※[#「火+亢」、第4水準2−79−62]《おんどる》の
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          一

 情報局、出版会という役所が、どんどん良い本を追っぱらって、悪書を天下に氾濫させた時代があった。日配が、それらのくだらない本を、束にして、配給して各書店の空虚な棚を埋めさせた。今から三年ばかり前は、その絶頂であった。本らしい本をさがす心と眼とは、駄本の列の上に憤りをもって走ったのであった。
 そういう時期に、都電が故障した偶然から、神明町のわきの本屋へ入った。何心なく見まわしていたら、「春桃《チュンタオ》」中国文学研究会編という一冊が目にとまった。
 その赤い文字の「春桃《チュンタオ》」という題を特別な気持で見たのには、いわれがあった。ざっと一ヵ月も前のことであったろう。護国寺わきの本屋に、この
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