庭を失った寂寥にも堪えかねたし、また無為な、力の遣り場のない日常にも圧せられた。彼は、それ等の不調和に、真実に苦しんでいたのである。けれども、長兄や、或は親戚の者等が、彼のために或る地位などを、周旋すると、正隆は寂しい冷笑を漂べながら、
「僕は、あんな泥棒共の仲間に入るのはいやだ」と拒絶した。が、時によると、つい、活気に満ちた生活の光輝に誘われて、彼も我知らず話に乗ることがある。そんな時、何時ともなく誘われかけていた自身に気付く正隆は、慄《ぞ》っとして心を震わせながら、この話がどこまで進行していても、破約にしてしまう。二度も三度も、正隆はこんなことを繰返した。俺を使う人間はいやしないのだ、と表面は、辛うじて傲語しながら、彼は酒を煽った。そして、下等な女の処で夜を明す。その時、蒼白い正隆の魂は、どれほど顫え、啜泣きしているか、誰も知る者はなかった。知らずに、彼を非難した。彼が、彼等の中に存在している以上、知らず知らずいかなる点で、彼を苦しめているかも思わないで、攻めらるべきための存在のように彼を非難したのである。
人々にとっては、正隆が、夫人が逃げ出すほど乱暴をして心配させて置きながら、気を入換えて仕事に努力しようとしないばかりか、正房を放ったまま、酒を飲み、女に耽ることを、非常な自堕落、無感動として、攻撃したのである。
「けれども、それなら、誰が、俺の一生を通じて責任を持ってくれるのだ? 自分が希望を持って努力すれば、丁度好い加減の処で、がらがらと崩して絶望させてくれるだろう。絶望させて置きながら、絶望しておれば、貴様等はまた、それで咎める。結局、それならどうしろというのだ。世の中は世の中は、善いことをしても、そのまま歓びはしないのだ。それかといって、悪いことをすれば、なお、わいわいと騒ぐだろう、手足の出ない処へ押込めておいて、出ないのは悪い悪いと云ったって、それは無理だ。俺は思う。人間なんて浅間しいものだ。自分が馬鹿に出来る者だけ見せて置けばいつも安心して、偉そうなことを云って納まるのだ。俺は何も出来ない、出来ないのではない。させないのだ」
正隆は、彼の生活の記念ともいうべき正房を、瞳子《ひとみ》のように心の中では愛していた。が、彼の教育に、その存在に、何の注意も払うまいと、努力した。何故? 彼は、自分の手、心を触れることによって、少年の未知の運命を狂わせることを恐れた。自分の呪咀に毒されて、焼き爛《ただ》れた黒紫色の運命を、正房の、青空のような将来に、感染させたくなかったのである。それ故、正隆は、母未亡人が涙を流して歎くほど、正房を放擲してしまったのである。
佐々未亡人の保護の許にあるという点に於て、等しく二人の「子」である正隆と正房とは、また等しく、彼女の愛を分割されていた。正隆は、可哀そうな、運の悪い変り者として、正房は、不幸な母の無い片親の、しかも頼りない片親の子として、未亡人の狂熱的な愛の許に孚《はぐく》まれた。正隆を片親の子として、偏愛のうちに抱擁した未亡人は、第二代目の正房をも、同様の亢奮で抱き竦めた。総てが、正隆に行われたと同じことがまた正房の上にも繰返されているようにさえ思われる。然し、正隆は知らぬ、無関係な態度で、彼の隠遁所に身を跼めていた。正隆と正房とは、全く畸形な、信愛の絶無にさえ見える父子関係を持ちながら、未亡人がこの世を去るまで、同じ翼の左と右とに、互の影を眺め合って暮して来たのである。
十四
佐々未亡人が死去したとき、正隆は四十七歳になっていた。子の正房は、十八の青年であった。今まで、未亡人の輪郭のうちに混って、存在をぼやかしていた二人の不幸な父子は、俄にその力弱い姿を、天日に晒さなければならなくなって来たのである。
この場合、当然に起るのは、彼、正隆の自活という問題である。未亡人の遺産は、永久に彼等を無為に送らせるほどはない。従って、正房と彼自身の生活の足しとするために、正隆が、何かの職業に就くことは、この場合、彼が父として負うべき当然の義務であったのである。けれども、正隆は、掉頭《かぶり》を横に振った。誰が何と云っても、動こうとはしなかった。周囲の勧誘と、自らの動揺が強ければ強いほど、運命の、あの悪辣な係蹄を思う正隆は、命に懸けんばかりにして、あらゆる申出を拒絶した。そして、人々の侮蔑の混り合った憐愍のうちに、甥に当る人佐々義一の家庭に移り住んだ。丁度その頃、佐々の当主が、海外視察に派遣されようとする時であったので、主人より年長者である正隆は、言を換えれば、無人な留守の番犬として迎えられることになったのである。正房を、親戚の一人に委ねて、正隆は、明るい、幸福な家庭に、ポツリと薄黒く汚点《しみ》のような姿を現したのである。
壮年の主人を戴いた若い佐々の家庭は、総ての隅々にまでも、見えざる歓喜、聴えざる歓声が漲っているような、光明に包まれていた。事業に於て、着々と進むべき道程を進んでいる主人と、まだ三十を僅か越した豊艶な夫人と、一人ずつの男と女との子供達、それに召使いを混ぜて、朝から晩まで、笑い声の絶えないような環境に、燻《くすぶ》った、澱んだ正隆の魂が投《ほう》り込まれたのである。
誕生の時から老年に近い今まで、嘗め殺しもしかねない未亡人の愛に浴して、勿論正隆は、優しさとか、親切とかいう感情には、充分飽満していた筈である。けれども、新らしい佐々家に移ってから、一日一日と日が経るに連れて、彼の心に湧き上って来たものは、一種の感嘆と、同時の羨望である。
屋敷の周囲に槇をずうっと植え込んで、裏の菜園で苺の実熟《みの》るこの家には、五葉の松に手奇麗な霜除をした九段の家とは、何かまるで種類の違った力がある。光る仏壇と、どこか年寄くさい陰気の漂っていた家に比較すると、二人の子供が、キーキー笑い叫びながら芝草の上を転り、燕のようにブランコを振る光景は、何という相異だろう。
犬っころのように、無我な幸福で躍り廻り、跳ね廻る子供に取巻かれながら、散歩する夫人の姿を見ると、正隆は一種表現し難い愛惜を感じずにはいられなかった。過去の追憶もあるだろう、強いても殺戮し続けて来た希望への哀悼もあるだろう。正隆は、一新された環境のうちにあって、共に一新された或る不安定を、彼の生活の根本に於て感じずにはいられなくなって来た。それは、信子夫人を失って以来、十六年間彼が感情に於て否定して来た生活の模型が、ここでは正隆の暗い努力に対してあまり無惨なほど、確実に営まれている、ということなのである。
正隆がどれほど、美しい信子夫人を愛していたか、それはもう問題外である。その愛した夫人を、彼が如何様にして失ってしまったか、これは、正隆にとって、思い出すのさえ苦痛な疵痕《きずあと》であった。彼が眠薬を飲まされて、うつらうつらと夜昼のけじめもなく睡っていた間に、万事を取定めて、現れたと同様の突然さで彼の許から永劫に去ってしまった信子夫人を、正隆は、どうしても、忘れること、諦めること、生活の圏外に放擲することは出来ない。それは、十六年前の、当時がそうであったと同様に、今もなおそうである。
ただ、嘗ては楽園の使者のように見えた彼女を、今は、呪咀された運命の手先だったのだ、と仮想することに依って、正隆は辛うじて、息を吐くのである。
若し、信子夫人が彼を今もなお愛し、慕い、求めている心の麗わしい、魂の輝やいた女性だとしたら、一体、自分は、どうしたら好いのだ? これが、あの当時から正隆の絶えざる恐れである。若し、彼女がそうであるとしても、正隆は、一旦自分の胸から引離されたものを追って、更に完全な奪略を仕返すほどの力を持たないことを自覚してもいたし、また一面からいうと、それは彼の自負心を赧らませることでもある。信子夫人は忘れられない。忘れられない、が元に戻す力はない。彼女の遺して行ったあらゆる記憶のうちに我ともなく耽溺して、終には魂が燻り上るほどの嫉妬を感じる正隆は、その苦しい遁路として、彼女を、「見損った」と、強いても思うように努力したのである。
自分に齎された総ての不幸がそうである通り、信子は、衆人の悪意から生れた、顋門《ひよむき》のない私生児である。彼女は自分の破滅のために遣わされたのだ。自分を苦しめるために、寄来されたのだ。それだから、あれほど、自分の希望通りの容貌さえ具備して、自分を蠱惑《こわく》してしまったのではないか。妖女! そんな信子は、狼にでも喰われてしまえ、罰当り奴!
けれども、正隆の心は、この一句の呪咀で終ってはしまわなかった。
たとい僅かでも経験した家庭生活の追憶が、彼を、影のように付いて廻って苦しめるのである。母とし、夫人としての女性は、決して、単に、情慾の対象といわれるべきものではない、正隆は、それをよく知っている。
女性のうちにある何だか分らないような力、その力が不思議に男性に及ぼして、或る時には感傷的にしながら、男性にない力を添えて、生活を運転して行く魅力。或る時に於て、女性の方が遙に霊的になることを正隆は否定出来なかった。
勿論、正隆は、女性が彼女の内奥に有する力の詳細まで解剖し分解するだけの努力は払わなかった。然し、直感的に彼の胸と心に迫る或るよき[#「よき」に傍点]感を正隆は尊敬していた。永遠の女性とも呼ぶべき、女性の理想的想像は、説明するにはあまり複雑な内容を有しながらも、若し、それが彼の目前に現れれば、一瞥で、「そのもの」であることを認識《リコグナイズ》し得るような直覚を彼は持っていたのである。
それ故、正隆は、理想的に女性を想う場合、総ての「彼女等」は敬愛されるべき筈[#「べき筈」に傍点]のものとして承認せざるを得ないのである。それは、理想として、彼は認める、然し、考えて見ろ、信子は、あの信子は、矢張り一箇の女性なのではないか?
ここに正隆の、女性に対して馬耳《うまみみ》のサティールとなる原因があるのである。
たとい、正隆が、信子一人を、悪運の使者だと仮定しても、地上の女性は、決して信子一人を拒絶したことによって滅せられるものではない。
彼は多くの美くしい人々、優しい人々、心の秀れた女人達を見なければならないだろう。見なければならないのみか、或る程度までは、彼女等の力に支配されずにはいられない。従って、若し正隆が、素直に彼女等の、真の美を、体と魂とに認めるならば、殆ど必然の結果として、彼女を、自分の伴侶として持ちたいという希願、伴侶として生活の素晴らしい改造を行いたいという、希望が起って来ずにはいないのである。
けれども、正隆は、それを恐怖《おそ》れた。女性に対する尊敬、女性のよき霊魂の承認が、彼を誘って行く方向を見て身震いをした。若し、女性を一歩自分の生活の内面に踏込ませれば、今度こそ、あの恐ろしい呪咀は、どんな詭計を用いて、自分の生命をさえ奪うかも知れない。輝やかしい、清浄な女性の存在と、彼女によって洗われる生活の光輝とを予想しながら、自らの暗さに跼んでいることは、正隆には堪え得ないことである。
そこで彼は、地上のあらゆる女性の霊魂を虐殺してしまった。魂ぬきの、肥えふとった白い肉体の所有者とした。歎く心も、恨む魂もないものとして、正隆はただ、自分の圧え得ない情慾の、消耗器として女性の全部を見下したのである。
正隆は、強いても、人間の本能の暗澹たる力の一方のみを肯定しようとした。人間を獣以下にこき下げようとしたのだ。けれども、それは、彼が人間である間は、苦痛なしに出来ることではないだろう。
どれほど高貴な生活をする女性でも、どれほど、霊的な生活をする女性でも、彼女等が女性である限り、同一の衝動の前に、髪を振り乱す者だと思おうとはしながら、正隆は、さすがに、家庭の幸福を乱そうとするほどの無恥にはなり切れなかった。育ち始めた芽のような少女達を見ると、彼は自ずと、自らの心を刺されずにはいられなかった。それ故、信子夫人を失って以来、彼の性的生活は、自ずと著しく低級な処に、その対象を見出すようになって来たのである。
そこで正隆は
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