ないか」
「何を、だからお疑いになるの?」
「解らないのか、誰かに頼まれやしないかと、さっきから云っているじゃあないか」
「誰のことをおっしゃるのそれは? うちの母?」
「それが分らないのだ。誰だか俺には分らない。だから訊くのじゃないか、信子、どうぞ、正直に云っておくれ、お前は、俺を愛してくれるか、一生一緒にいてくれるかえ、ほんとに、隠さず云っておくれ信子、俺が苦しんでいるのは、お前に解っているだろう」
「それは分っておりますわ、だけれど、あなたは――一体何をそんなに苦しがっていらっしゃるのよ」
「そら! もう解っていない。やはり分っちゃいない。だから、お前は俺の思うような返事をしてくれないのだ。信子、ほんとにお前は――」
手を取られたまま、凝と伏目になった信子夫人の眉の間からは、「男らしくもない!」という憤りが、火花になって散りそうに見えた。正隆の得体の知れない疑いや焦躁に掻き乱された彼女の感情は、彼の顫える熱情を、裏返したような冷静、冷淡に冴え渡って、他人に向うより鋭い批判を、乱された良人の面上に注ぎかける。嫌厭が湧かずにはいられない。その嫌厭は、彼が、自分の良人であるという意識
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