「あなたは――」
信子夫人は、滑らかな頬にさっと血の色を上せた。
「妙なことばかりおっしゃるのね、私は存じませんわそんなこと」
「怒らないでくれよ、信子、願うから――」
そろそろと逃げて行きそうになる夫人の指先を、確りと握りながら、身を引寄せるようにして、正隆は哀願した。
「憤らないでくれ、然し、ほんとに、お前は知らないの、誰からも頼まれないの? 信子、お願いだから、いっておくれ」
「存じません。――あなたは何を疑っていらっしゃるの、はっきりとおっしゃればよろしいのに」
「疑いやしない、――が、疑っているんだね、疑っちゃ悪いかえ、信子、俺はお前が可愛いのだよ。大切なのだよ、信子、だから俺は――お前に行かれるのが堪らない」
「どこへも行きは致しませんことよ、さあ、そんなことはやめにしてお休み遊ばせ」
夜着をかけようとする夫人の両手を掴んで、正隆は起き上った。
「いい、構わない、大丈夫だ。それでね、信子、俺が何を知りたがっているんだか分るだろう? 俺は、お前が大切なのだ、お前がいなければ生きてもいられない、だから、お前は疑わないでも、お前の後にいる者を疑わずにはいられなくなるじゃあ
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