によって、一層強められ、醜さを増して来るのである。
「愛するというのなら」
夫人の眉はひとりでにピリピリと動いた。
「何故男らしく、安んじて愛して行かないのだ。愛して疑う、愛するから疑う? 何を疑うのだ。根もない、自分でも何だか分らないような疑いで、ひとを攻める……」
攻める。――信子は胸のむかつくような衝動を感じずにはいられなかった。或る感情の齟齬《そご》した場合、お互の理解が方向を誤った時、結婚した妻と良人とほか知り得ない距離の懸隔の感が、浅間しいギャップとなって、彼女の目前に口を開いた。男性というものに、英雄的な幻想を持つ信子夫人にとって、女性である自分の前に※[#「足へん+宛」、第3水準1−92−36、74−3]《もだ》え、哀訴し、泥のような疑惑の中に転げ廻る正隆は、あまりに惨めに見える。あまりに弱い。あまりに頼りない。その頼りない、廃残者めいた男を一生の良人として、自分の生涯を支配されるのかと思うと、女性の大望《アンビション》を多分に持つ信子夫人には堪え得ない焦躁であった。
その内面の争闘を、本能的な直覚で、或る程度まで魂に感じる正隆は、一層、持つ不安と疑とを煽られずに
前へ
次へ
全138ページ中101ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング