るものなのである。
 食慾を失って、極度に神経的になった正隆は、殆ど大病人のように窶《やつ》れ果てた。一日中床に就いたきり、起きて動こうとするだけの、弾力を失った正隆は、大きな羽根枕に埋めた頭だけを僅に動かして、傍の信子夫人を顧る。そして、彼は、沈痛な言調で、日に幾度となく、同じ質問を繰り返した。凝《じっ》と坐った彫像のような夫人の小さい手を自分の掌に置きながら、正隆は、先ず、
「信子、お前は、ほんとに俺を愛していてくれるのか」
と、口を切り出すのである。
 最初、正隆の質問が唇を離れた時、信子夫人は、微かながら、ハッとした表情を緊張させて、蒼白い、寧ろ土気色ともいうべき良人の顔を、痛々しく眺めた。そして、落付いた声に力を籠めて、
「あなた、御心配はお止め遊ばせ」
といった。
「有難う、信子。俺は心配はしないよ。然し――信子、ほんとにお前は俺が嫌になりゃしないか、こんな不仕合わせな男と、一緒にいるのは、厭じゃあないか?」
「あなたは――、どうしてそんなことをおっしゃいますの、大丈夫でございますわそんなこと」
「大丈夫かえ、ほんとに、それじゃあね、信子、俺はもう一つ、たった一つ、大切なこ
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