をどうして罷めたかということや、これから先、どうやって行こうなどということなどは問題ではなくなった。ただ、信子である。信子が、真実に自分を愛し、自分を信じ、その愛と信とのために、自分に送られた者であるか否かということが、唯一の疑問である。彼の生涯の希望は、ただこの一点で決せられるように思われて来たのである。
若し、信子が、ほんとに自分を扶け、自分と禍福を偕《とも》にする決心でいるのなら、生活に、まだ何かの光明がある。四方、八方から虐げられても、彼は、夫人の美と、美の持つ力とによって、何か生きて行く途を得られることを信じていた。若し彼女が、悪霊の傀儡《かいらい》でないならば、敵は、まだどこかに隙を与えているということを思う可能があると、思ったのである。それから緊張し始めた正隆の注意は、殆ど間牒のように信子夫人を踉《つ》け廻した。彼の傍にいる時も、いない時も、外との交際も、あらゆる隅々を圧えて、彼は、信子の正体を見窮めようとし始めたのである。
けれども、それは彼女を愛す正隆には堪え得ない仕事であった。
正隆は、信子を失うことを平静に想像することは出来ない。涙なしに考えることは出来なか
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