そう思う。正隆は、運命の顔を見そこなった自分、見そこなうような運命の詭計《トリック》に一生足を攫《さら》われなければならない自分を見出して、総ては違っていたのだ、と思わずにはいられないのである。
 自分は母に愛された。よい天分を与えられて生れた。それにも拘らず、いざ、その力を使ってほんとの幸福を掴もうとする段になって、何故自分は、これほど、他人の嫉妬に苦しめられなければならないのだろう。
 暗い運命が、一生自分を覆うと知って、何故自分に何かの力を授けてくれたのだ、
 何故、人並に幸福らしい、生活の一片を投げてくれたのだ?
 自分を、富ませ、美くしい信子と、愛すべき正房とを与えて置きながら、どうして、そんなに、足を掬《すく》って倒すのだ?
 信子は、信子によって新しくされた生活の総ては、それなら、それなら、今の苦痛を一層深く、堪え難いものとして味わせるために、与えられた餌食だったのだろうか? そうなのか、ほんとに。そうなのか、若しそうだとすれば――。
 正隆は、額に膏汗をかいて吼った。若しそうだとすれば、信子さえ、この麗しい信子さえ、見えざる無数の敵の間牒だと、いわなければならないのだろ
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