った。
 等しく、それを自分が自分の心に経験したという点で、K県のことと、今度のこととは、正隆にとって、幻想と事実との差を持たなくなって来た。まして、静かに、魂を鎮めて、人間の一生を貫く、運命の方向と、その運命の大道に折々現れて来る不幸な錯誤、機会というものの不思議な影響などを考えることは出来なかった。正隆の見越す運命の終極は、恐るべきものであった。
 自分の性格のうちにある力の欠乏を知らず、また他人のうちにある同種の不完全さも思わない正隆は、全く日の目もない未来を予想して、そこに導こうとする運命、明かに、自分を嫉視する者共の手で繰られる運命を呪咀することほか知らなかったのである。
 斯様な正隆を取囲んで、最初、彼の真価を誤った人々は、勿論、没交渉であった。自分等の不真実を謝して、気の毒な彼を慰めようなどと思う細胞は、大きな頭の一隅にも持ってはいない。
 たとい、それほどの悪意はなかったにしろ、彼等によって、突転がされた正隆を受取って、母未亡人は、失望にがっかりとしながら、手のつけようも知らなかった。
 再度の失敗で、ひどく目算を破られたような口惜しさを感じながら、強いても、唯一の避難
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