ったほど、狂暴な勢で、訳の分らないことを怒鳴りながら、瓶から酒を煽りつけた。そして、しまいには、失神したような信子夫人を、確りと胸に抱き擁《かか》えながら、膏《あぶら》と汗でニチャニチャに汚れた頬を、冷い、滑な彼女の頬に擦りつけながら、
「信子、信子……」
と子供のように泣き崩れてしまった。
十一
「邪魔にする? フム、面白い、やれ! やれるものなら、やって見ろ!」
酒精《アルコール》の力に煽られて、夢中になっていた間は、正隆にとって仕合わせな時であった。
一時に勃発した激情の浪に乗って、我も他人《ひと》もなく荒れ狂っていた間は、まだよかった。然し、次第に酔は醒め、目が覚め、或る程度まで鎮まった正隆の心の前に現れた現実は、ひどいものであった。ほんとに、ひどい。生きるには、辛いほどの世界である。
一度でも、朗らかな希望の明るみに身を置いた正隆にとって、忘れようとしていた過去の追憶を一新して、今日に甦らせたばかりでなく、互に力を加え合って、彼の絶望を一層大きなものにする今の疑惑は、彼自身の力では逃れ得ない煉獄のようにさえ見えて来たのである。
K県での忘れ難い印象
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