とを予想して、自分の失望を鎮《カーム》しようとしていたことなどは、もう総て、間違いだったということが示されたのだ。自分が、正しいものと思っていたところには、下劣がある、卑劣がある。そして、不公平が最後の審判を下していたのだ。
 素晴らしい自分の仕事を疑う。疑った疑問をそれなら、何故、自分に正そうとはしないのだ。誤った疑いで人の生命を涜《けが》して置きながら、その誤謬のままで価値を定め、自分の一生を台無しにしてくれる――
「フム!」
 卓子の上のものを、ガラガラと肱で片寄せながら、正隆は真蒼な顔を頬杖に支えた。
「フム! また始めやがった……」
 何を始めたのか? 奸策である。彼の一生をめちゃにする悪計である。記憶の奥に埋れて、殆ど忘れかけていたK県でのことが、悪運の眼のように、彼の眼前で輝き出したのである。正隆は、自分の、最初の首途《かどで》を悲惨なものにさせた、何か恐るべき凶徴が、今もなお、執念深く自分の身を離れずに付いて歩いて来ていたのを思わずにはいられなくなった。
 永劫である。永久である。命の、限りである。命の限り、自分の生きている間中は、この、恐ろしい呪咀が付いて廻って自分の
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