握することの出来る運の戸惑いとして、この失望を堪えようとしたのである。
 然し、彼としては、殆ど予期出来ない朗らかな心底は、或る日受取った一通の手紙で、見事に破られてしまった。
 また破られるのが無理だとは思われないほど、正隆のその当時の魂に対しては、惨酷な蹂躙であった。覆われて来た現実は、俄にパックリと蓋を上げて彼の眼前に見るに堪えないほどの醜陋を暴露した。或る友人によって、好意的に書かれた手紙は、真田が選ばれた理由と、同時に彼に加えられた誤解とを、詳細に説明して寄来《よこ》したのである。
 自分が、あれほど真剣になり、あれほど熱中し、あれほどよい心で努力し、努力し、努力し抜いて出来上らせた仕事を、その仕事を、兄貴のお蔭だなどといって没却させてしまうとは、何ということだ! ほんとに、何ということだ!
「畜生!」
 丁度、晩餐の卓子《テーブル》に向っていた正隆は、いきなり歯ぎしりをすると一緒に、片手に持っていた杯を、擲《たた》きつけた。そして、傍に、無言のまま坐っている夫人に、
「これを見ろ!」
と手紙を差つけながら、ボロボロと涙をこぼした。何ということだ!
 彼が、今まで或る正当なこ
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