正隆は、ほんとに落胆したのだ。ほんとに失望したのだ。彼は勿論真田を羨望した。あんな、猪口才《ちょこざい》野郎がと云って、口惜し紛れの悪態も吐いた。今度こそ見ろ! と自分の不運《アンラッキー》を呪いもした。けれども、真田と自分との位置を転換させた何かの理由に対しては、一種の敬遠を抱かずにはいられなかった。
あんなに見えていながら、いざという土俵際で、巧く自分に背負い投げを食わせた、真田奴! その呪咀の中には、心の底で一種の謙譲が保たれていた。彼がいくら、喚いても、怒鳴っても厳然と立って抜くべからざる壁、その壁は癪には触るが正当なものだ、というような、意識が、正隆の心の奥の奥に流れていたのである。
自負の強い彼は、家族に対しても、じっとおとなしくはしていられない。罵りながら、口では、「何が何だか分るもんか」と云いながら、正隆は、まだ先を見ていた。今度の意外な当外れは、単に機会的な不運《アンラッキー》で、一生を通して、目に見えない彼方から自分を大きく支配する運命の狂いだとは思っていなかった。運命《デスティネー》と、運《ラック》とは違う。彼は、動く、消える、そして、或る程度までは自分で掌
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