ひどく乗気になった母未亡人は、これを二度と得難い首途《かどで》として、正隆を説得した。
 まだ漸く二十四の彼に比較して、明《あきらか》に優遇である地位は、正隆にとって、勿論不愉快な招聘《しょうへい》ではない。周囲の無条件な賛同を見ると、それでも厭だというべき理由を持たない正隆は、ようよう僅かな小径を現し始めた、彼の道を眺めて微笑した。何者に対してとも分らない、軽い侮蔑と、驕《おご》ったうなずきとを以て、正隆は、新に提出された位置を承諾したのである。
 彼のこの首途を、彼女の思い得る最大級の形容で、神聖な、祝すべきものとした佐々未亡人は、まるで初陣の若武者を送るような感激で、送別の宴を開いた。
 親類の者は皆、九段の御祖母様の御大相《ごたいそう》が始った、と云いながら、集って、笑って、彼を祝して、帰って行った。が、その宴を、決してそんな軽々しいものと思ってはいなかった未亡人は、人が散って静かになると一緒に、微酔を帯びた正隆を、古い、仏壇の金具ばかりが、魂の眼のように光る仏間に連れ込んだ。そして、周囲の襖をぴったりと閉《た》て切ると、未亡人は、正隆が何年にも知らなかった、厳格な、威圧的な調
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