自分は、あんなに真剣にやったのじゃあないか、自分は、あんなに、あんなに――。
 正隆は、急にゲッソリと腹の力が抜けて、妙に震える力の震動が胸元に突掛って来るのを感じた。
 あんなに――希望していたのではないか! もう年を取って、半ば老耄した課長なんか、勿論誰が行こうが関ったことではないだろう、然し、自分には違う。そんなに雑作なく、片づけられることでは、ないのだ――。
「それでは――」
 強いても、激情を圧えた静かな口調で、こう切出すのは、正隆にとって、最大限の努力であった。三年前の彼なら、いきなり、そんなひどいことがあるものか! と怒鳴らずにはいられなかっただろう、正隆は、いつか身に着いた、経験の、不可思議な力で、グッと燃える火の玉を飲み込んだのである。
「それでは――真田君が選ばれた理由だけを、洩して戴くわけには行きますまいか、自分の――自分の参考になるとも思いますから」
 然し、官僚の曖昧に馴れきった課長は、種々遁辞を構えて、説明しないのみならず、数度正隆が圧迫《せま》って、説明を求めると、最後に、彼は氷のような冷淡な表情で、
「そんなに追究しない方が、君のためだろう、自分で考
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