えて見給え。落付いて考えて見れば自分で解ることなのだ、私はもう御免を蒙る――」
と云いきったきり、もう再び正隆の方へ振向きもしなかった。最後の言葉を、課長は、確信のある者の壮重と、威圧とで断言したのである。
この一句が、正隆の心じゅうを、グンと小突き上げた。
君のためだろう、とは何事だ!
正隆は、思わず激しい音を立てて、座から立ち上った。が目の下に、半ば禿げた課長の頭を見ると、彼は、俄に淋しい、生理的に痛苦を感じるような気分に掴れた。
憎みとも、恥辱とも、口惜しさとも、名状し難い感情が、盲目《めくら》のように突掛って来る。グリグリが出来たような、彼の目の前には、今頃はもう有頂天の大喜びで、得意そうに仲間中を触れ廻って、自分の成功を祝われているだろう真田の姿が、幻のように浮び上って来た。
その想像は、彼に眩暈《めまい》を起させる。けれども、思わずにはいられない。
少し膝が曲った細いズボンを、小刻みにチョコチョコと歩きながら、真中から分けた髪を押え押え、へらへらと笑う真田。
たださえ軽薄な真田が、面白半分の煽てに乗って、天地唯独りの俊才を気取りながら、どうだと鼻を蠢《うご》め
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