して選ばれるということを、殆ど既定の事実のように信じて疑わなかった。
三箇年の海外留学と、かち得べき学位、それ等は、まるで、今までは、絢爛《けんらん》たる光彩を放ちながらも彼方にあった、名誉、栄達、幸福という叢雲の中から、特に彼のために下された、縒金の繩|楷子《ばしご》のように見えた。
これからこそ、ほんとによくなるのだ!
その、よくなる、という内容の詳細は、ただ一面の渾沌ではあるにしろ、正隆は、総ての、よりよきものを空想せずにはいられなかった。単に自分だけによい[#「よい」に傍点]のではない、美くしい、素晴らしい信子のためにもよいのだ、また、小さい、お乳くさい正房のためにもよいのだ、皆によいのだ。皆が、福祉を受けるのだ。その鍵を、今、自分は丹精して鋳つつあるのだという、楽しい意識――。
結婚し、子を持った正隆は、数年前より、遙に単純な心持で、あらゆる仕合わせに面することが出来た。仕合わせと呼ばれる総ての腕に喜んで抱き取られたい、取らせたいという心持が、見えない内に漲っている彼は、ほんとによき父、よき良人らしい熱中さで、彼の裡に共生する幾つかの魂の悦びのために、励し、励まされて
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