せることであり、彼女の輝きは、同時に翻って、彼の至上の背光《グローリー》となるのである。
そこまで考を辿って来ると、正隆は、最初の、けれども――という湿っぽい、稍々《やや》伏目になった愁訴を何時の間にか忘れてしまっていた。結局、何といっても、自分は幸福なのだ。仕合わせなのだ。時が経てば、自然にどうかなることを、かれこれ思うのは決して利口な遣り方ではないのだ。信子は素敵だ。親切だ。行届く。それでいいのではあるまいか。
結婚して間もない若い女性に、それ以上の注文をするのは、自分の方が無理なのだろう、まだ馴れないのだ。まだ馴れないのだ! そしてまた、同じ高みの朗らかさに戻る正隆は、翌年の夏、父親となって、一層その安心を確めたように見えた。
母となってどこか鋭さが円められた信子は、祖母の名の房の字を貰って、正房と名づけられた幼児と、いたるところに麗しい母子の肖像を描いて正隆を包んだのである。
九
信子夫人の美と、一種の威厳ともいうべきものは、結婚後、単にあてどがないということが原因だった正隆の自堕落を矯制していた。それのみならず、父親となって、純白無二な生命をいたわ
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