分が、どんな人間か、またどんなに信子からは観察されるだろうということなどは、問題にもしていなかった。
 彼女の傾向も、性質も、一通り未亡人の説明で納得した正隆は、ただ妻として自分のものになるべき信子、或は信子という名を持って生れた、一種の美の所有を、待ち焦れ、求めたというべきなのである。

        八

 その、正隆にとっては、寧ろ望外ともいうべき信子を、いよいよ滞りなく妻として迎えて、同じ構えの中に新居を持ち、また、長兄の尽力で今度は、農商務省へ出勤するようになって見ると、正隆は、どれほど謙遜に計って見ても、自分が幸福への、最も確実な鈎を投げた者とほか思われなかった。
 物質は、新しい家庭に華やかな色を添える以上に豊富である。生活の変化と共に甦った功名心は、そろそろと彼の胸の中で芽を吹き始めていた。その上、兎角面倒の起り易い嫁姑の間は円満で、彼の眼から見ると、互に競い合っているようにさえ見える二様の愛が、持ち得る総ての奉仕を捧げて、彼の前に呈せられているのである。
 一年前の、K県での暗い月日は、今思い出すだけの価値もないようにさえ思われる。正隆は、現在自分を抱擁する薫しい幸
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