き上って来た。その懐しさも、曾て彼が一度ならず経験した種類のものとはどこか異ったところがある。
もっとあどけない。もっと、色が、ほんのりとした桃色である。がそれにも拘らず、その桃色は、未来と過去とを貫いて、同じ桃色をほんのりと漂わせている、いたのだ、これからもいるだろうというような心持のするものである。
それが、愛と呼ぶべきものなのか、或は、所謂縁というべきものなのか、正隆に区別はつけられなかった。
その時分の教育で、愛の本質などということに就てかれこれいうより、先ず美貌を望む正隆は、よし彼女が、千里彼方の見知らぬ国の者であろうと、その結婚を拒みはしなかったであろう。彼が、満されない希望に終りそうな不安を持たぬでもなかった、その美が与えられるということに加えて、親と親との関係は、他人とはいいながら、幾何かの接近を両者の間に持っている。正隆は、どこにも非の打ちどころがないと思った。非の打ちどころがないばかりか、もう二度とは恵まれない幸福であるという気さえする。結婚などというものは――と、小鼻に皺を寄せていた正隆は、平常の冷淡さを、臆面もなく顛倒させてしまった。
彼は、良人として自
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