。従って、彼の持つ希望の中には、焔がない。燃え上る何物をも含んでいない。
 正隆は、「青年」を失っていたのである。
 母未亡人の偏愛が醸した、性的の自堕落は、殆ど彼の少年時代から、魂を無責任な追従や阿諛《あゆ》で硬化して来た。
 彼の感じる生活というものは、相当な歓楽と、相当な名誉との可能を持った、何かはっきりしない、或る程度までは退屈な時の連続であった。
 身も魂も投げ込んで、白熱した生命の威力に洗われなかった正隆は、自負を持ちながら、今の生活に何等かの改造を齎《もたら》すべきものとして、自分の才能を考えることは出来なかった。生れながら与えられた、際立った語学の才と、文才は、それ等の有ることは事実でも、「今日」とは何の連絡がない。言葉を換えていえば、正隆は、自分の持つ才能を自覚するから、その発揮を本能的に希望するので、その才能の方向が暗示する名誉が、自ずと産む生活上の影響などは、問題の中には入っていなかった。
 正隆の場合では、かような心持の持つ、二様の力の、ただ消極のみが、感化を与えていた。仕事の純粋さに対する希望ではない。生活そのものの弛緩が、彼の魂の四隅を、確《しっ》かりと釘づ
前へ 次へ
全138ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング