達を、眺めやったのである。
それ故、正隆は、間近に横わる卒業後の生活方針等に就いては、何も纏《まとま》った計画は持っていなかった。ただ、自分だけの才能があれば、誰かそれを発見して、また無い者に尊敬してくれるだろう、尊敬するに違いないという、希望とも臆測とも付かないものが、漠然と、然し、濃厚に、彼の細い胸を満していたのである。亡父の遺産で、当面の生活のために努力しないで済む正隆は、自分の才を使って貰うために、どこへ頭などを下げるものか、と思っていた。立派な学識を持ちながら、泣きついて懇願する恥辱を、忍ぼうとする必要は、求めても見出せなかった。生活というものが、不思議に固定して、動くべき軌道の上を、何の驚異もなく動いて行くのを傍観し馴れている正隆は、自分の才能が発揮されたからといって、それで、今日まで流れて来た、大河のような自分の生活が、どうなるものでもあるまい、という心持もしていた。
転って行くトラックの上で、いくら、踊って見ても舞って見ても、結局は小車の行く処へ、連れて行かれるばかりではないか。
正隆は、この気分に、絶望を混ぜてはいなかった。然し、委せた、萎《しな》びた無為である
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