分がこうやって、涙までこぼして劬《いた》わってやっているのは、結局彼自身なのだ、というところへ行着いたのである。
「そうだ、俺なのだ。俺自身が、我ながら可哀そうになって来たのだ」
俺が可哀そうだと思い出すと、正隆は、止途のない感傷に陥った。
自分が、来たその時まで持っていた希望は、どこへ行ったのか。
あれほど明るく、輝やいて見えた、前途が、こんな暗闇に塗り消されようと、誰が思って、こんな遠い田舎まで来るだろう。若い、向上心に満ち、総ての点に完備した自分が、これほどの悪計に、悩まされなければならないということ。矢張り、母未亡人が、かねがね話した通り、自分の境遇と、天分を羨望するあまりに、こんな計画を立てたのに違いないのだ。
それ以外の原因は、何があるだろう。ただそれのみなのだ。それに、違いないのである。
然し、だんだんこうやって進んで来た正隆は、ここまで来ると、或る得意に似た感情が、そろそろと悲しみを消し始めたのに心付いた。
皆は、ああやって自分を酷《いじ》めたと思っているのだろう。然し、決してそうではない。もう一歩進めて考えて見ると、却って、彼等が、自分の力に苦しまされてい
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