るのだ。
 正隆は、みみず腫れに膨れ上った手の甲を撫でながら、あらゆる人々に向って、苦艾《にがよもぎ》のような嘲笑を投げようとした。が、突然高い頭の小さい少年の像《イメージ》が心に浮び上ると一緒に、正隆は、病気のような心細さを感じ始めた。
 何か急に、ポカンと胸のしんが抜けて、がらん洞になった心の洞穴を、寒い、冷い霧雨を含んだ風が、スースー、スースーと風音を立てながら、吹き抜けて行くような淋しさなのである。
 その筒抜ける風に煽られながら、正隆は、自分の心も体も、めちゃめちゃになって行くような気分になり始めた。周囲の者達が可哀そうなのではない。勿論。神かけて、あんな奴! けれども、心が悲しいのだ。何かひどく惨めな、可哀そうな気分が突上げて来て、眼に涙さえ浮ませる。寂しい、気の毒な――誰なのだろう?
 自分の涙に度を失った鼠のように、正隆はきょろきょろと四辺を見廻した。目の届く限りには、人影さえも動いていなかった。
 相変らず、小じんまりと、婦人室のように飾られた部屋の中に、塵《ごみ》のような自分一人が、ほんとの一人ぽっちで、ポツネンと据っているのに気が付くと、正隆は、可哀そうなのは、自
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