出来たら、総ては、幸福に明るく、華やかに終ったであろう。然し、そうは行かなかった。食後暫く経って、夫人が自慢の濃茶の手前をして見せてくれたことが、その作法を全く知らなかった正隆に、地獄のような混乱を起させてしまったのである。
 愛嬌のある夫人が、心持首を傾けるようにして、
「いかが、お茶を差上げましょうか」
と云った時、正隆は、半分は上の空で、半分は、普通の茶だと思い込んで、
「有難う、戴きます」
と返事をした。
 然し、いよいよ改まって、狭い、くすんだ、炉の切ってある坐敷に席を改めて、帛紗捌きが始まると、正隆は俄に周章し始めた。
 書生である彼に、そんな優雅な趣味は教養されていなかった。のみならず、必要だと思ったことさえもなかったのだ。
 今まで、或る時にはコケティッシュだとさえ思わせるほど、明るい燈火の下で華やいでいた夫人が急にきりっと相貌を引き締めて薄暗い炉辺に坐った様子は、正隆に寧ろ冷酷な感じさえも与える。
 彼の周章には見向きもしないように伏目になって、白い額際を鮮やかにさし俯《うつむ》いた夫人から痛々しく眼を反らして、正隆は副島氏を偸見《ぬすみみ》た。唯一の頼みに思って心で
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