ものかという反抗が起った。自分を取囲む総ての者は、何等かの意味に於て、その影の人の暗示を受けている。誰も、その者自身ではない。が、誰かがその者の一部となっている。
正隆は、我と他人《ひと》に向って、
「どうでもしろ」
という、捨科白《すてぜりふ》を投げたのである。
自暴自棄な捨科白を投げながら、正隆の想像の裡には、ふと、係蹄《わな》に懸った狼と、半狂乱で取組み合っている猟師の姿が、浮み上った。
積った雪の深みに懸けた係蹄に、何も知らない狼が、餌を漁りに来て足を噛まれたのだ。樹蔭で様子を窺っていた猟師は、旨いぞ! と云って手を打っただろう。
けれども、いざ手取りにしようと掛って見ると、命がけで飛び懸って来た牙に捕えられて、思わず同じ係蹄に転り込んだ猟師が、泣きながら、叫喚《さけ》びながら、獣と人間との血を混ぜ合わせて、掴み合う、食い合う、争闘する――その、自業自得を見ろ! という、腥惨《せいさん》な快感が冷笑となって、正隆の瘠せた小鼻に皺を刻むのである。
狼は自分である。猟師は、彼の見えざる何者かと、その手下共である。
この時正隆は、決して、係蹄を掛けたものが、結局は同じ係
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