物かにぶつかって引退る。その敗北を、喜びと安堵と、半ばの口惜しさに見返りながら、蛇の頭は、またするすると、第三の人影に窺い寄ろうとするのである。
 このようにして、日に幾度となく這い廻る、正隆の模索は、結局、幾百度繰返しても、要するに模索という程度を越すことはなかった。それに拘らず、疑わずにはいられない彼は、探究の失敗で、懐疑の根を洗われてしまえない彼は、さんざん彷徨《さまよ》い歩いた末に、いつも定って、何か非常に不確《インデフィニット》な、漠然とした一種の人格が、自分を絶えず付け狙って、悪意の籠った羂《わな》を張っているに違いない、という処に落付くのである。
 その不思議な力を持った者は、決して、単純に運命とは呼ばれなかった。自分の幸福なるべき運命の大道に、邪魔を出す、他の何人かである。明に人格である。
 同僚や、生徒の彼方に身を潜ばせて、巧に不幸の糸を引く何者か、運命的な人格なのである。
 正隆は、その、彼の前に朦朧《もうろう》と現われた、悪意の妖魔に向って、居直ったのである。
 正隆は、自分が不幸なのも、他人が不幸なのも知り抜いている。然し、その見えない何人かの悪策に負けて引下る
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