蹄に掛って殺されるのだぞ、という、復讐の勝利を感じているのではない。自分も、他人も、一緒くたに丸め、突転して力の限り踏みにじり、噛み潰す、火のような亢奮で、脂汗を掻きながら、歯軋りをするのである。
五
皆が、正隆を嫌っていた。それは事実である。けれども、また皆が、彼を一種の憐愍で見ていたことも、事実であった。彼は、神経衰弱になって、あんなに脱線するのだということを、最も確実な説明として、正隆を観たのである。従って、人々の嫌厭の陰には、何かそれを裏づける、寛大ともいうべきものがあった。
まして、校長の副島氏は形式を越えた心痛で、この若い教師を眺めたのである。
けれども、人の好い、何方《どちら》かといえば単純な副島氏は、正隆の、辛辣な、神経的な顔に面と向って相対すと、いつも、云いたいことを云い出せないような、不安と圧迫とに押えつけられた。
どんなに元気よく、大きな声で快活にものを云いかけようと決心はしていても、彼の顔を見るや否や、このよき副島氏の計画は崩れてしまう。忽ちのうちに、正隆と同じような陰気さと暗さとに染められる彼は、まるで、正隆と同様な感情の所有者のよ
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