の運命的な瞬間を、避けているのではないか。
そう思うと、正隆は、この瞬間の生ずべき、せめて空間でもを与えたいという、慾望に駆られるのである。
けれども、この慾望は、決して快いものではなかった。
傍観する自分の眼前で、その恐ろしい、息を潜めるような瞬間が実現せられたら、目撃者である自分は、どうしたらよいのか。その、ただ刹那の蹉跌が、家庭にどれほどの不幸を齎すか、そしてまた、その総ての悲惨の第一の原因たる機会を、故意に構えてその綱を引いた自分は、どれほどの責任を負わなければならないのか。
それ等のことを思うと、正隆は、裏切者の負わされる重荷を魂に、どっしりと感じずにはいられない。そんなことはないように、そんなことが起らないように――。
然し、それなら、彼女に代って、青年の傍に引添うかといえば、正隆は、矢張り否と首を振らずにはいられないのである。
貞淑に見える、素晴らしい尚子夫人の上に起る、悲しみへの転機を事実として差附けられることは、正隆にとってあまり恐ろしい。けれども、堕天女としての尚子夫人を空想に描く時、正隆の感情は、奇怪な顫動を感ぜずにはいられないのである。
女性の真実
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