のである。
決心などと呼ぶべき明かな決定さえ経ずに膝を抱えた正隆の魂は、自ずとその鈍色の薄暗がりにまで滑り込んで来たのである。
勿論、正隆は、見識のある尚子夫人と、純朴な義弟との間に、何の感情的な拘泥もなかったことは知っている。今まで、或は、この先に凝と竦んで眼を光らせている、或る瞬間、までは、何でもないだろうことを知っているのだ。けれども、正隆は、若し、何の危険もないものとして、心の安定が絶対にまで保証されているのならば、何故尚子夫人は、自分に代理をさせようとするのか、という質問が、持ち出されて来るのである。
夜中、親が子を看護するのに、誰が用心をするだろう。
徹夜、姉が弟を守るのに、何の関心が払わるべきであろう。
それだのに、義姉である尚子夫人が、自分に代理をさせようとするのだ。
ここに至ると、正隆は、単純に総てを片づけることは出来なくなる。
人間の魂のうちにある感傷《センチメンタル》と、浪漫的《ロマンテック》とが、或る瞬間の機会《チャンス》と、火花を散らして結合した場合、或は起るかも知れない危険を、賢い尚子夫人は、知っていないとは、思われないのである。
夫人は、そ
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