》に向い合った二つの焦点となったことに、いい知れぬ、喜びと、同時の有力を感ぜずにはいられないのである。
 尚子夫人の周囲に、今少くとも彼女を批評し得る位置にいるのは、自分だけである。小さい子供等と、無知な召使共と、それ等は、主婦としての彼女の権威で、自由に左右し得る者達ではあるまいか。そうすると、病人となった青年の義弟と、彼女と、自分とだけが、これから続こうとする何かの幕に、出現すべき三人の訳なのである。
 今、尚子夫人が、僅でも彼に注意を向けている場合、彼が忠実な、真実な助手となって、彼女を助け、感謝を受ける、という想像は、勿論正隆にとって、決して不愉快なものではない。彼は、美くしい人から、正しく注がれる感謝は、その感謝の中に含まれた愛は、どんなに芳しいものであるか、知っているのである。けれども、正隆は、その朝ぼらけのような気分のために、身を労することは出来なかった。それでは彼にとって、あまり淡すぎる総てである。ただ、労力を厭うとかいう問題を抜きにして、その心持を甘受出来ない、正隆の傾向は、尚子夫人と、青年との間に横わる、未発の機会が生む詭計《トリック》の、傍観者となろうと、決心した
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