な説明は掴めないであろう。けれども、少くとも、彼女は、自分が、どんな傾向を持った人間であるかということだけは、透視しているのだ。
 自分の持つ色、あまり美くしくない混濁色、その色に纏まって立つ自分に若し、何か、批評の材料を与えれば、その批評は、直ちに、批評という域を踰《こ》えたものになり得べきことを、尚子夫人は見抜いて、それを未然に防ごうとするのだ、と正隆は考えを廻らしたのである。そう思うと、正隆は、尚子夫人の目前で、よろしい、といった時通りの気分ではいられなくなって来た。何かもっと拗《すね》た、濃厚な上気《のぼ》せたような好奇心とも、敵愾心とも区別のつきかねる気分が、彼のよろしいという返事を、片端しから、噛み潰し始めたのである。
 正隆は、それだけの用心を編み出した尚子夫人の心を想うと、思わず唇を引歪めた。不思議な心持である。平常は、何の注意も払われない、無干渉な存在ともいわるべき自分が、今は尚子夫人の最も顕かな目標となっているのだ。何の目標か、それは鮮明でない。用心の目標なのか、或はまた、助力を求めようとする目標なのか、正隆は、少くとも、彼女と、自分とが、僅かでも、同じ標準《レベル
前へ 次へ
全138ページ中134ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング