てなすこともない正隆に、代理を頼んだ。
常識から考えて見ても、家庭の一員である以上、彼が尚子夫人を助けるのは、意外なことである筈がない。夫人の説明を聞いて、正隆は思わず、よろしい、と返事をした。一面からいえば、正隆の口から、その返答を自然に引き出したほど、それほど、夫人の理由《リーゾナブル》は至当だったともいえる。正隆は、その瞬間、常人に還って、彼女の申出を承諾したのである。
けれども、自分の部屋に帰って、いつものように膝を抱きながら、考えるともなく、尚子夫人の言葉を思い出して考えていた正隆は、暫くすると、彼特有の薄笑いを口辺に浮べた。
何心なく素直に、尚子夫人の申出を承知した正隆の心は、また、そろそろと軌道を転換して、蕈の生え並んだ彼の王国へ、軌り込み始めたのである。
夕暮の騒音に混って、微かに唸る蚊を追いながら、燈もつけずに考えていた正隆は、やや暫くすると、
「フム」
と云いながら、体を揺った。
「尚子夫人は利口だ。なかなか抜目なく利口だ」
これが、正隆の第一に考えたことである。
彼女に対して、自分がどういう心持でいるか、それはまるで、住む宇宙が違うような尚子夫人に明瞭
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