い。安穏な楽しさではない。苦甘い、重い、尖った、不思議な気分が、子供等の透徹した声によって湧き上る苦痛に混って、彼を酔わせるのである。
 そうすることは、子供達の、純白な頭に対して死にも価するだろうことを、正隆は勿論知っているのである。彼は自分で、自分の破廉恥に苦しみながら、その苦悩の底に澱む、愛に似た、痛痒い心持を、色褪めた舌で、嘗め尽そうとしたのである。

        十六

 子供達の魂に加えられる冒涜に堪えきれなくなった尚子夫人の、激しい、焔のような面責に、ビシビシと鞭うたれながら、なお正隆が、彼の悪戯を忘れかねているうちに、佐々の家には一つの事情が持ち上った。それは、丁度その夏、休暇で遊びに来た義一の末弟に当る青年が、来ると間もなく急に熱を出して、そのまま床に就いてしまったということなのである。
 思いがけない病人で、家中がぞよめき渡った。まして、尚子夫人は、二人の幼児を保護しながら、病人の世話をすることは、容易なことではない。が、それのみならず、たとい、義弟ではあるといっても、良人の留守中、彼女一人で、徹宵、この青年に附添うことは、不適当だと思った尚子夫人は、これといっ
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