超えて、なすべからざることをした心苦しさが、直接に彼の薄笑いで弛《ゆる》んだ魂を引っぱたくのである。正隆は、夫人にすまないとは思わなかった。が、子供等が持っている何物かに対して、痛々しかった。ほんとに、それは痛々しいことである。幸福な親子が、優しい中音と、飛ぶような声高を織りまぜて、睦まじく笑い合う声を聞きながら、膝を抱えて柱に倚り掛った正隆は、心《しん》から淋しい、どこにも慰安のない、天地から指をさされるような心持に、沈み込むのである。
それほど、心が痛むなら、何故、最初の一度で正隆は、その呪うべき悪戯《いたずら》を止めなかったのか? 彼は、確かに子供達の、日のような明るさの前に愧《は》じているのだ。相済まないと思っているのだ。それにも拘らず、一度ならず同じ、恥辱に満ちた悪戯を繰返したのは、一言にいえば、彼の目的の移動であった。
最初、尚子夫人を目標として、彼女のうちから胸の悪くなるような毒気を吹き出させようとして失敗した正隆は、いつか、子供等と自己との関係に於て、新に生じた心を攪乱するような感動に、我を忘れて没頭するようになって来たのである。
その心持は決して、快いものではな
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