人を、自分の許に走らせるかも知れない。けれども、若し、その悪魔的な忍笑いの享楽が、皮一重彼方に表現されたとしたら、もう自分は破滅だ。運命は、今度こそ尚子夫人を使って、命までをも奪うだろうということが、正隆の、最も強烈な恐怖の原因になって来るのである。
たとい、一面からいえば妄想ともいうべき空想通り、尚子夫人が、自分の前に跪《ひざまず》くとしても、運命は、何時自分に絶交状を送って来ただろう。
呪咀は何時解かれたか?
世界中の人間は、若し今度自分が、恐るべき係蹄に掛ったが最後、力を合わせ圧し殺してしまうだろうことを、正隆は思わずにはいられない。
若しかすれば、そんな死を死なせるために、尚子夫人も遣わされたのかも知れないではないか、ここに正隆の、最後の止めが刺されるのである。
それ故、彼の悪夢のような妄想が、たとい僅かでも外面に現われなかった原因は、寧ろ、道義的な自制というより、彼が自己の生命に対して抱いた激しい恐怖が、彼を抱き止めたといい得るのである。
呪咀された運命という言葉を、正隆は、今まで幾度繰返して来ただろう、これからまた、幾度繰返して行くだろう。
正隆は、自分の一生
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