並んで、正隆には、またも自分を鷲掴みにしようと、頭の真上で輪を描いている、不思議な宿命を、思い出さずにはいられなくなって来るのである。
 愛なのか、情慾なのか、単なる好奇心なのか。正隆が、尚子夫人に感ずる牽引は、彼にとって力強い、蠱惑に満ちたものであった。薄暗い、じとじとと蒸暑く湿っぽい泥の上に、ぞっくりと蕈《きのこ》がぬめくる丸坊子の頭を並べて生えているような、正隆の内心、その物凄い洞穴の彼方の裂目から、ほのかに見える薔薇色の光線が、尚子夫人の方向である。永年の単調を破りたい何物かの蠢《うごめ》き、その蠢めく何物かが、正隆を自ずと彼女の方へ振向かせるのである。
 無心で、朗かな端正な尚子夫人の方へ、彼の心に生える一面の蕈が、ぞっくりと首を向けて眺めている。目のない、蕈の頭の凝視、正隆はその無気味などよめきを心の隅々にまでも感じた。彼は、怕《こわ》くならずにはいられなかった。自分のうちに動く見えざる、聴えざる或る力は、若し彼が一刻でも監視を怠ったら、どんなところで、悪運と密会するか分らない。下等な酒場で、下等な女達を笑わせている時いつも彼の心に浮ぶような陰謀は、万に、一の僥倖で、尚子夫
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