の容貌に感動させられない女性のあるべきことは思っていなかった。感動されて、自分の価値に金箔をつけるだろうことを疑おうとはしなかった。また、実際、彼のために歌い、舞いした女達は、少くとも或る特殊な好もしさを、彼の美貌に捧げたことは事実なのである。
それ故、まだ若い、そして美くしい尚子夫人を彼方に置いて考えると、正隆の脳裡には、何となく華かなエキサイティングな気分が漲って来るような心持がしていたのである。
それはただ、気分だけではあった。が、いよいよ尚子夫人に近接して見て、彼女が、ただ彼の人格的価値にのみ目標を置いてい、従って、暫くの間に大方彼に払うべき尊敬の程度を知ったということが、正隆に、或る不満と、自暴自棄に似た気分を起させるのである。
勿論、正隆は、夫人としての尚子が、絶対に不可犯的な態度であるべきことは、知っていた。けれども、一面からいうと、確実な彼等の愛を裏書するために、何でもないものとして現れた自分が、彼の自負心を、暗くするのである。この心持は微妙なものである。
正隆は、決して、尚子夫人に、彼の位置が要する以上の注意を払って貰おうとは、強請するどころか、期待してもいな
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