庭を失った寂寥にも堪えかねたし、また無為な、力の遣り場のない日常にも圧せられた。彼は、それ等の不調和に、真実に苦しんでいたのである。けれども、長兄や、或は親戚の者等が、彼のために或る地位などを、周旋すると、正隆は寂しい冷笑を漂べながら、
「僕は、あんな泥棒共の仲間に入るのはいやだ」と拒絶した。が、時によると、つい、活気に満ちた生活の光輝に誘われて、彼も我知らず話に乗ることがある。そんな時、何時ともなく誘われかけていた自身に気付く正隆は、慄《ぞ》っとして心を震わせながら、この話がどこまで進行していても、破約にしてしまう。二度も三度も、正隆はこんなことを繰返した。俺を使う人間はいやしないのだ、と表面は、辛うじて傲語しながら、彼は酒を煽った。そして、下等な女の処で夜を明す。その時、蒼白い正隆の魂は、どれほど顫え、啜泣きしているか、誰も知る者はなかった。知らずに、彼を非難した。彼が、彼等の中に存在している以上、知らず知らずいかなる点で、彼を苦しめているかも思わないで、攻めらるべきための存在のように彼を非難したのである。
人々にとっては、正隆が、夫人が逃げ出すほど乱暴をして心配させて置きながら
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