うそれを否定する力は持たなかった。従って、自分の生命にまで危険を持っているだろう誘惑は、結局、あらゆる希望だということにならずにはいない。彼は、自分のうちに湧く総ての人らしい祈願――一人の頼りない息子である正房の幸福を祈る心、生活の改造と、そのために求められる愛の、よき復旧――等を、それ等が強ければ強いほど、正隆は自ら恐れて縮み上った。この不思議な、血行が人間の力で支配出来ないと同様に、或る程度までは不可抗的な希望という魔力、明るい、胸の躍る、その希望に釣られまいとするために、その係蹄に足を取られないためには、正隆は、その希望を殺さなければならないのを発見した。が、希望は不死に見えた。希望そのものを縊ることは出来ない。そこで、正隆は、自ずと希望の対象となる総ての外界の価値を、彼の思い得る最低にまで引下げた。そして、結局、自分は、彼を希望する、が、然し、見ろ、世の中はあんなだ、俺の行くだけ、それだけ価値のある場所はない、という、一種の理論を構成して、強いても、不能力者となったのである。
 三十から四十歳にかけての時代を、こんな状態に送ることは、正隆にとって、恐ろしい苦行であった。彼は、家
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