たのは確である。そこで、未亡人は、信子夫人に対しては、親切に満ち、理解に満ちた姑として、彼女の美と、技倆とを、寛大な自由に解放し得たのである。

 それからの懶《ものう》い、単調な十六年間。
 恐るべき十六年を、正隆は、何の躊躇もなく母親に見捨てられた正房と共に、母未亡人の陰に隠れて、日の目の差さない人世の裏に、黴のように生え続けた。
 彼自身のうちに巣喰う運命的な或る力と、その力に誘われて、容赦なく彼を圧倒する、所謂世間の、無責任な、利己的な他力に、完全に征服された正隆は、ただ、彼の肉体が地上にあることによって、僅かに彼の存在を、周囲の者に思い知らせるような時を、一日一日と殺して、長い長い年を経たのである。
 正隆は、もう希望と呼ぶべき何物をも持ってはいなかった。また、一面からいうと、恐ろしい運命の係蹄である、希望によって、静かな生活から誘い出されることを、彼は極度に用心したのだ。
 一度は、一度より巧妙な計画を廻らして、終には、敬愛し得た唯一の女性である信子まで、彼の胸から引きさらって行った運命は、いつも、定まって、餌を、幸福という色に彩って、投げてよこしたではないか? 正隆は、も
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