きながらそう叫んで、信子夫人の美しい肉体に掴み掛ったのである。
それが、正隆の力の及ぼし得る最後であった。と同時に、信子夫人の忍び得る、最後のものであった。
狂気したような粗暴さで、獣のように掴掛る良人の顔を、それが「良人」であるが故に、生れてこれほどの憤りがあるとは知らなかったほどの憤りに燃え猛りながら、信子夫人は、爪を研いで掴み掛った。
血の出るような、憎みである。怨みである。恥辱である。
「ひどい! 何をなさる! 男らしくもないことをしてひとを苛《いじ》めて置きながら、それでもまだ、まだ、自分のものにして置こうとする、誰が! 誰が! 放して下さい、放して!」
右の眼の上に、昏倒するような疼痛を感じると一緒に、正隆は、思わず信子夫人の乱れた髪を引掴んだまま、
「御免、信子、御免」
と云いながら、床の上に横倒しに倒れ落ちた。
十三
泥のような数日――。信子夫人は、もう決して、正隆の傍に姿を見せなかった。
正隆は、疼《うず》く眼を冷して、凝と床にいるほかなかった。泥のような数日――。
彼の、あれほど光彩に満ち充ちた結婚生活は、かようにして終りを告げてし
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