来て呉れる心安《こころやす》い、明けっぱなしで居られる友達の有難味《ありがたみ》を、離《はな》れるとしみじみと感《かん》じる。
 彼の人が来れば仕事の有る時は、一人|放《ほう》って置いて仕事をし、暇な時は寄っかかりっこをしながら他愛《たあい》もない事を云って一日位座り込《こ》んで居る。
 あきれば、
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「又来ます、気が向いたら。
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と云って一人でさっさと帰って行く。
 私は、私より二寸位背の高い彼の人が、私の貸《か》した本を腕《うで》一杯に抱えて、はじけそうな、銀杏返《いちょうがえ》しを見せて振り向きもしないで、町風《まちふう》に内輪《うちわ》ながら早足《はやあし》に歩いて行く後姿なんかを思いながらフイと番地を聞いて置かなかった、自分の「うかつ」さをもう取り返しのつかない事でもした様に大業に思った。
 裏通りの彼の人の叔父の家へ行けばすぐわかる事だけれ共、人をやるほどの事でもなしと思って、「おととい」出したS子への手紙の返事を待つ気持になる。
 飛石の様に、ぽつりぽつりと散って居る今日の気持は自分でも変に思う位、落つけない。
 女中に、

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