切り拓いた畑に、小さい秋茄子を見ながら、婆さんは例によってめの粗い縫物をしていた。沢や婆の丸い背を見つけると、彼女は、
「おう、婆やでないかい」
と云いながら、眼鏡をはずした。眼鏡は、鼻に当るところに真綿が巻きつけてある。五つ年下の植村婆さんは、耳の遠い沢やに、大きな声で悠《ゆっ》くり訊いた。
「いよいよ行ぐかね?」
沢や婆は、さも草臥れたように其に答えず、
「やっとせ」
と上り框に腰を下した。そして、がさがさの手の平で顔じゅう撫でた。植村婆さんは、一寸皮肉に笑いながら云った。
「婆やつき合がひろいから、暇乞いだけでも容易であんめ?」
「早く上らなくちゃならなかったんですがね、一日に二とこは歩けないもんだから」
「そうともよ」
出した茶を、婆はごくり、ごくり、喉に音をさせて飲んだ。それぎり又ぼんやり井戸前の早咲黄菊を眺めている。――
植村婆さんは可哀そうな気がして来た。
「まあお前も、姪のところで悠くり休まっせ。――他人の中よりはいいわな、何てっても血道だもんなあ」
沢や婆は、又返事をしなかった。彼女は手間をかけて信玄袋の口をあけ、中から長田の女隠居のくれた頭巾と着物を出した。
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