「――これを御隠居さんにいただきましたよ」
 植村の婆さんは、婆の慾ばりが憎いような心持がした。人に見せ、此位にしてやる人もあるのだと思わせ沢山貰おうとする。彼女は、さりげなく、
「俺、前に見たわ、御隠居が出して来て、これ婆やにやろうと思うがどうかと相談しなすった――あれだろう?――うん、これよ」
 沢や婆は、不服気に仕舞い込んだ。
「――柳田村だっけな、婆やの姪の家は――あすこまで大分有っぺえが――歩けるかい」
「仙二さんが、荷車に乗せてってくれますってよ」
 ……もう土間の隅では微に地虫が鳴いている。秋の日を眺めながら、荷車に乗ってゆくという沢や婆と坐っていると、植村の婆さんの心は妙に寂しくなって来た。彼女も、夫に死なれてから全くの一人身であった。村の縫物をして、やっと暮していた。彼女には、青森に甥がいた。今いる家は、町の家作持ちの好意で家賃なしであった。村にも、彼女より立派に縫物の出来る女は、数人いた。植村婆さんは、若い其等の縫いてがいやがる子供物の木綿の縫いなおしだの、野良着だのを分けて貰って生計を立てて来たのであった。沢や婆のいるうちは、彼女よりもっと年よりの一人者があった
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