参詣人の大群は、日和下駄をはき、真新しい白綿ネルの腰巻きをはためかせ、従順にかたまって動いているが、あの夥しい顔、顔が一つも目に入らず、黄色や牡丹色の徽章ばっかりが灰色の上に浮立ち動いているのは、どうしたものだろう。数が多すぎるばかりでなく、これらの善男善女は一様に或る熱心と放心とのまじり合った表情の中に没せられていて、一人一人の人間らしい目鼻だちの活躍する以前の状態におかれているのであると見える。花じるしばかりで顔や眼のない人間の群は眺めていて悲しみを感じさせた。
 善光寺では本堂の横手に「十銭から御普請のお手伝いを願います」と立札を立てている。お札所のようなところで御屋根銅板一枚一円と勧進している。銅板に墨で住所氏名を書いた見本が並べられている。モーニングを着て老妻をつれた年寄の男が、紋付羽織の案内人にそこへ惰勢的に引こまれている。
 小豆島の村にも八十八ヵ所のお札所があり、そこの第一番のお札所を建て直すとき、やっぱりこういう風に、屋根瓦一枚十銭、銅板一円と勧進したそうである。お金を出したひとは、みんな自分の名が書かれている瓦や銅で、寺が建立されると素朴に信じているのであろう。しか
前へ 次へ
全7ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング